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西欧人や明治・大正時代の要人が集った軽井沢の「旧三笠ホテル」

今回は、軽井沢に今も残る有名な西洋式ホテル「旧三笠ホテル」をご紹介しましょう。実は残念ながら現在、旧三笠ホテルは大規模保存修理工事で長期休館中。再開は令和6年3月の予定なので、それまでこの記事を読みながら、明治・大正の華やかな時代に思いを馳せて欲しいと思います。

旧三笠ホテルは実業家、山本直良氏によって開業されました。明治37年頃、彼は当初、酪農を目的に土地を購入するものの失敗。次に目を付けたのが、軽井沢に訪れる西洋人でした。さかのぼること約10年前の明治27年に創業していた「万平ホテル」の佐藤万平に監督を依頼するとともに、設計に岡田時太郎、大工棟梁に西洋人の別荘を数多く手がけていた小林代造を迎え、明治38年に竣工。外国人避暑客専用ホテルとして、翌明治39年5月29日に営業を開始するのです。

建物のフォルムは、スティック・スタイル(木骨様式)を採用したゴシック風。扉のデザインはイギリス風に、下見板はドイツ風に仕上げられました。各客室には軽井沢彫りの西洋家具を備えるとともに、照明にはイギリス製器具のアセチレンガスを導入。洋食器やピーポット等などにも徹底的にこだわったそうです。ちなみに当時の宿泊費は1等12円、2等8円、3等5円。当初は外国人避暑客向けの夏だけの営業で、庭園やテニスコート、クロケットヤード、プール、別館などもあったと言いますから、かなりの規模だったことがわかります。

その後、旧三笠ホテルは日本人にも開放され、近衛文麿や徳川義親、有島武郎などといった明治・大正時代を築いた錚々たる著名人がたびたび訪れ、晩餐会を開いたそうです。休館前のロビーには、その時の様子を写した写真が飾られていました。ところがその後の旧三笠ホテルは数奇な運命をたどります。明治43年には大水害に遭い、大正14年には明治屋による買収、そして戦争による休業…。昭和20年には進駐軍に接収され、昭和26年には米軍の失火により、別館が焼失してしまうのです。

しかし、昭和27年に転機を迎えます。米軍が撤収したことから、万平ホテルに勤務していた山名傳兵衛氏が支配人となり、「三笠ハウス」と改称して営業を再開します。その後、約20年にわたり運営されましたが、残念ながら昭和45年に幕を閉じることになりました。その間には、上皇后美智子さまが独身時代にご家族と滞在されたこともありました。

旧三笠ホテルは昭和49年に現在の地に移築され、昭和55年5月31日には国の重要文化財に指定されることに。定期的に保存・修理工事が行われたことで美しい姿を保っていましたが、前日の通り、現在は再び修理工事中です。再開まであと数年ありますが、時間はあっという間に過ぎていきます。令和6年3月を楽しみに待ちましょう。

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢1339-342
TEL:0267-45-8695(教育委員会生涯学習課文化振興係)