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アール・ヌーヴォーの巨匠 エミール・ガレに思いを馳せる

エミール・ガレ

西欧デザインを愛する多くの人が、一度は手にしたいと思うエミール・ガレの作品。ガラスの花瓶や陶器、さらには家具なども製作するなど、その創作意欲は旺盛かつ挑戦的でもありました。アール・ヌーヴォーの巨匠とも呼ばれる彼の作品の中で、日本において特に人気を集めるのがガラス工芸でしょう。美術館などへの収蔵物も多く、「ヨーロッパのガラス工芸品=ガレ」と思う方も少なくないのではないでしょうか。

シャルル・マルタン・エミール・ガレは、1846年にフランス・ロレーヌ地方のナンシーで誕生しました。ファイアンス焼きと家具の工場を営む父のもとに生まれたそうですから、蛙の子は蛙といったところでしょうか。学業はとても優秀で、1865年から約2年間にわたり、ドイツに留学。デザインを学ぶとともにガラス製造技術を習得するなど努力を重ねます。1877年には父に代わって工場管理責任者となり、翌1878年に開催されたパリ万国博覧会に独自に開発をした月光色ガラスや陶器を出品。銅賞を獲得して注目を集めます(同時に庭園装飾用陶器も出展し、銀賞受賞)。1884年の装飾美術中央連盟主催の「石木土そしてガラス」展では金賞を、1889年のパリ万博ではガラス部門でグランプリ、陶器部門で金メダル、家具部門で銀賞を獲得し、装飾工芸家としての地位を不動のものとするのです。

ちなみにガレの作品には、日本的な要素が多分に含まれていることをご存知でしょうか。19世紀のヨーロッパでは日本美術がたいへん注目を集め、ジャポニズム(日本趣味)が流行していたのです。初期の時代のガレは伝統的なロココ様式やゴシック様式、オリエント様式などを融合させたデザインが多かったようですが、浮世絵に影響を受けたとこと、そして1885年頃に水墨画を得意とし、美術に造詣が深いフランス留学中の農商務省官僚である高島得三と交流を持ったことから、ジャポニズムをデザインに採り入れていきます。1878年のパリ万博に出品した「鯉魚文花瓶」は、北斎の「魚濫観世音」の鯉の図柄そのままを引用していますし、伊万里焼の絵付けを参考にしたり、日本の扇子を図柄に用いたりもしています。ガレの水墨画的なぼかし表現は、高島得三に影響を受けたのだとか。私たち日本人がガレ作品に魅了されるのは、こういった背景にも理由があるのかも知れません。

ガレは、グラヴェール技法やカメオ彫り、エナメル彩、マルケットリー技法、スフレ技法、エッチングなど、あらゆる技法を開発・採り入れ、いくつかの製造特許も取得しています。アール・ヌーヴォーの時代が終わっても、彼はその作風を変えることなく、1904年に没します。その後、工房は1931年まで続きました。ちなみにガレの作品は、自身が制作する1点ものと、ガレのデザインと指示によって職人が分業して制作された工房作品があります。いうまでもなくその価値は大きく違うため、ガレによる工芸品の購入を検討する方は、注意が必要です。